ぽてんをご覧の皆様に、注目の学校を紹介するこの企画。今回取材したのは岐阜県岐阜市にある国立の義務教育学校(※)「岐阜大学教育学部附属小中学校」です。
(※)小学校・中学校(義務教育)の9年間の学校教育目標を設定し、一体化した教育課程を編成・実施する学校
小中学校の9年間を、Ⅰ部(1〜4年)、Ⅱ部(5〜7年)、Ⅲ部(8・9年)に分ける3部制を導入し、それぞれの成長に合わせて段階的に取り組む探究活動や、1年生から9年生が混じり合って作られる異年齢集団活動(かぞく)など、特色ある取り組みを実践。
これらの取り組みは、同校の教育理念でもある「人間教育」にも深く結びついており、さまざまなカリキュラムを通して、子どもたちの心身の健全な成長を促します。
また、岐阜大学教育学部の附属学校である環境を生かし、大学と連携して行われる授業や活動も充実しています。
岐阜大学教育学部附属小中学校の教育について、教頭の野口先生、岸先生、水﨑先生にお話を伺いました。
この記事の目次
「人間教育」を軸に展開する岐阜大学教育学部附属小中学校の教育
貴校の教育理念や教育目標をお聞かせください。
本校の教育理念は「人間教育」です。予測困難なこれからの時代、自分らしく自らの道を切り開いていけるような人材の育成を教育理念に掲げています。
本校は岐阜大学教育学部附属の小学校と中学校が5年前に合併し、義務教育学校として誕生しました。
その際に、旧附属中学校の教育目標「独歩・信愛・協働」と旧附属小学校の教育目標「よく考え、助け合い、創り出す 心身ともに健康な児童生徒」をひとつにして、岐阜大学教育学部附属小中学校の教育目標としました。そして、この教育目標こそが本校が目指す子どもの姿といえます。
特に「独歩・信愛・協働」の3つには重きをおき、本校の教育指導の軸としています。「独歩」では、子どもたちが本校独自の新領域「どう生きるか」の授業の中でさまざまなアプローチで向き合う取り組みを行っています。「信愛」では、「自他の幸せのために」をテーマにした生き方指導を行います。
「協働」では、1〜9年による異年齢集団活動(かぞく)交流や3部制導入を生かした主体的かつ自治的な活動を積極的に行っています。
9年間で「自他の幸せ」を探究する「どう生きるか」の取り組み
▲「どう生きるか」の1年生のテーマは「遊び」。近隣の公園で新たな「遊び」を発見!
「総合的な学習(探究)の時間」と、「道徳科」の授業を組み合わせ「どう生きるか」という新領域(※1)を実践する岐阜大学教育学部附属小中学校。
(※1)複数の学問を融合することで新しい学問領域を創出することを目的とした教育や研究のこと
各学年ごとに、その年齢に見合ったテーマに取り組み、9年間の体系立ったカリキュラムで子どもたちの視野を身近な人々・事象から地域社会、世界へとじっくり広げていきます。同校の新領域「どう生きるか」の各学年での取り組みについて、詳しく伺いました。
「どう生きるか」の取り組みは自己実現への道標
貴校が実践されている「どう生きるか」の取り組みについてお聞かせください。
「どう生きるか」の取り組みは、「総合的な学習(探究)の時間」及び「生活科」と「道徳科」の時間を掛け合わせ、子どもたちが自己実現に向かう道標となるようなカリキュラムになっています。この取り組みは、本校の教育理念でもある「人間教育」とも密接につながっています。
実生活や実社会の課題を「自分事」として解決していく過程を大切にしており、人との出会いや地域との関わりを通して、さまざまな課題を見つけ、自分たちなりの問いを立てて、探究を深めていきます。
こういった取り組みのなかで、ときには自分だけでは対応しきれない状況に直面するなど「壁にぶつかるような経験」もしてほしいと考えています。
「どう生きるか」の取り組みでは、学年ごとに大きなカテゴリーを設けています。まずⅠ部では、1年生が「遊び」、2年生は「野菜の栽培」、3年生は「花の栽培」、4年生は「動物」をテーマに活動を行います。
Ⅱ部の5年生では「暮らし」、6年生では「まちづくり」、さらに7年生では「社会」がテーマとなり、学年を経るに従ってより広域で抽象的なテーマに取り組んでいきます。さらにⅢ部の8・9年生では「社会に生きる」という、この取り組みの本質ともいえるテーマに取り組みます。
身近な関係性のなかで育む「コミュニケーション力」と「命への畏敬の念」
Ⅰ部では、具体的にどのような取り組みを行うのでしょうか。
各学年の実施内容は毎年度ブラッシュアップしながら取り組んでいます。
1年生の「遊び」では、学校の近隣にある公園などでの外遊びを通して、自然と触れ合ったり、昔の遊びを実践したり、遊びの過程でケンカをしたり、さまざまな経験をしました。
これらの経験をもとに、「もっと楽しく遊ぶにはどうすればいいのか」といった視点で、さまざまな工夫を行います。幼児期との接続という観点から、岐阜大学の先生にもアドバイスをもらっています。
2年生は畑で野菜を育てます。地域の農業協同組合の方に育て方の指導を受け、子どもたちが疑問に感じたことを相談するなど、アドバイザーとしてきめ細かに対応していただきました。
3年生は、可児市にある「ぎふワールド・ローズガーデン」で、現場で働く方に直接話を聞き、学校の花壇づくりに生かしました。指導を受け、サポート役として作業に参加しました。また、栽培だけに留まらず、校内に花を絶やさないことで校内の仲間たちを笑顔にする活動にも取り組んでいます。
4年生になると動物の飼育を行います。動物の世話を通して、子どもたちが「命」について考える大きなきっかけになります。岐阜大学の理科の先生からアドバイスを受けながら実施しています。
このようにⅠ部では、植物や動物といった身近な存在と関わるなかで、クラスメイトと協力したり、専門家の話を聞いたりしながら、探究する心を育みます。ときには失敗し、トライアンドエラーを繰り返しながら自分たちで解決方法を模索していくことも大切な経験です。
特に本校は、岐阜大学の附属学校という強みを生かし、大学の先生から専門的な知識や知見をいただいたり、子どもたちの様子をみていただいたりと密に連携しています。また、各分野で活躍されている方や他大学の先生など外部の専門家とも深く関わっていきます。
さまざまな人の暮らしを通して知る「自分の外の世界」
Ⅱ部へと進級し、5年生ではさまざまな境遇の人々の「暮らし」をテーマに探究活動を行うそうですね。
そうです。5年生の「暮らし」というカテゴリーでは、まず校内で働く用務員や警備員、養護教諭等にインタビューを行い、その「暮らし」について知るところからスタートしました。
また、「障がいのある方の暮らし」、「高齢者の暮らし」、「地域に住む外国の方の暮らし」にもスポットを当て、子どもたちがこれら3つのテーマから1つを選択して探究活動を行いました。
この取り組みの最終目標は、そういった方々の暮らしを知ることで、自分たちにできることは何かを追究することです。
例えば、高齢者の暮らしをテーマにしたクラスでは、近くの老人ホームへ毎週伺い、デイサービスの様子などを見学させていただきました。
毎週通っているうちに、子どもたちのなかに「施設利用者ともっと仲良くなるにはどうすればいいか」「新しくゲームを考案したらどうか」といった具体的な願いが生まれます。その願いを「自己課題」とし、子どもたち一人ひとりが「高齢者とどう関わるか」を1年間追究していきます。
2023年度は、地域の包括センターの方の計らいで、関わってくださった方々や保護者の方にご来場いただき、子どもたちの1年間の成果を地域の公民館で発表させていただきました。こういったお声がけも、地域との密な交流や子どもたちの頑張りから生まれた嬉しい副産物です。
また、地域に住む外国の方の暮らしを追究したクラスでは、NPO法人で活動していらっしゃる東南アジア出身の方を通して、さまざまな外国籍の方々と交流しました。
その方はネパール料理のレストランの経営もされていて、そのお店で働くさまざまな国籍の方にご協力いただき、日本でどのように働き、暮らしているのか、どのようなことに困っているのかインタビューを実施しました。
取り組みの実例としては、インタビューを進めるうちに日本語が分からなくて困っていることを知り、「日本語を教える」ことを自己課題とした児童がいました。
障がいのある方の暮らしをテーマに活動したクラスでは、本校のそばにある聾学校の子どもたちとの交流を行いました。聾学校に通う同世代の子どもたちに混じって授業を受けたり、さまざまな話を聞いたりといった取り組みを通して、「自分ができることは何か」を考えるきっかけになったと思います。
信念をもって働く大人たちとの出会いが結びつける「働くこと」と「自分の幸せ」
続いて6、7年生ではどのような取り組みを行うのでしょうか。
6年生のテーマは「まちづくり」です。地域の活性化、観光産業などに関わる方たちにお話を伺いながら、「まちづくり」の実態調査をしたり、より良い「まちづくり」のための課題を追究します。校内から岐阜市へと視野を広げ、地元の活性化に取り組みます。
こちらもテーマ別にいくつかのクラスに分かれて取り組みます。例えば、柳ヶ瀬商店街をテーマにした取り組みでは、今はシャッターを降ろした店舗が目立つようになってしまった商店街をテーマに、その原因や昔の活気を取り戻すためのアイディアの考案など、現状を把握したうえで、改めて活気のある商店街について考えます。
そのほかにも、地場産業に注目した「まちづくり」を考えるクラスもあります。例えば長良川の鵜飼など、観光産業としても有名な取り組みにスポットを当てたり、岐阜城のある金華山で、観光産業に関わる方に地域の活性化について話を聞いたりと、その取り組みはさまざまです。
7年生は中1にあたる学年ですから、より高度かつ抽象的なテーマ「多様性」に取り組みます。5、6年生での探究活動から、自分の身の回りには多種多様な境遇で暮らす方々がいることを実感として知っているわけです。
ここで、改めて「多様性」というテーマを聞いたときに、子どもたちがどのような自己課題を設定するのかが興味深いところです。7年生の取り組みは、5、6年生での追究を生かし、さらに発展的な課題に挑戦するためのテーマだと捉えています。
Ⅲ部の8、9年生ではいよいよ「どう生きるか」の核心ともいえるテーマに取り組みますね。
はい。柳ヶ瀬の街や岐阜県を拠点に行った5〜7年生までの取り組みから、8年生ではさらに広い地域での取り組みを行います。
その取り掛かりとして行っているのが、8年生の宿泊研修です。大阪に出向き、例えばユニバーサル・スタジオ・ジャパンのプロジェクトに携わった方に、どのような信念をもって働いているのかを伺ったり、大阪の町工場で働く人々の様子を間近で見て、実際に工場内を見学させていただいたりします。
また、副業で地域の特産品づくりに取り組む方にお話を伺う機会もあり、たくさんの「働く大人」と出会います。
子どもたちはこれまでも、「どう生きるか」の取り組みを通して、地域の発展のために強い信念をもって働いている岐阜市役所の方など、たくさんの働くことに意義を見出している大人たちと出会ってきています。
そういった経験も生かしながら、「働くとは何か」「自分や人にとって、幸せとは何か」を深く追究しながら9年生へと歩みを進めます。
9年生では、8年生の活動とリンクさせながら、企業とのコラボレーション商品の開発などに挑戦し、何かを生み出す苦しみや喜びを体験します。
最終的には、「自分の生き方」について自分なりの考えをもち、「自分にとっての幸せ」に気づいてもらいたいと考えています。
9年一貫の探究活動がかなえる「人間教育」
9年間の取り組みを通して、子どもたちの成長を実感したエピソードなどがあればお聞かせください。
5年生の保護者の方からいただいた感謝のお手紙を紹介したいと思います。その児童は実際に祖父母と暮らしており、高齢者の暮らしについて探究していました。
そのお手紙には、本校での取り組みをきっかけに、より祖父母や高齢者を大切に思うようになったことへの感謝が述べられていました。保護者の方へも「もっとおじいちゃん、おばあちゃんを大切にしてあげてほしい」と伝えたそうです。保護者の方にとっても、家族の関わり方について考え直す良いきっかけになったとのことでした。
また、これまでは自分の身近な生活にしか考えが及ばなかった子どもたちの視点が、明らかに広がったことを実感し、今までにない考え方だと驚く機会が増えたと感じる教員もいます。
本校の取り組みが、子どもたちの人間形成や生き方に好影響を与えていると実感できる意見をいただくと、我々も嬉しくなります。
1〜9年生が一緒に取り組む縦割り活動「かぞく」の取り組み
▲1〜9年生が一緒に参加する全校学校祭(運動会)。上級生が下級生を見守る光景が微笑ましい
1~9年生で構成される1グループ20名ほどの「かぞく」での縦割り活動を行う岐阜大学教育学部附属小中学校。異年齢交流によって育まれる他者への思いやりやリーダーシップは、学年を経るごとに順々に子どもたちのなかで受け継がれ、自然な形で習得されていきます。
また、校内に特別支援学級を設け、通常級の子どもたちとの垣根のない活動を積極的に行っているのも特徴です。
日常的に実施される「かぞく」での活動に加え、行事なども同じメンバーで参加することで、より強い絆が生まれるという同校の取り組みについて伺いました。
「かぞく」活動で育む思いやりの心やリーダーシップ
▲後期課程の生徒会のあいさつ運動に参加する前期課程の児童たち
「かぞく」での活動についてお聞かせください。
9年制の環境を生かし、1~9年生合同での活動を積極的に行っています。
「かぞく」での活動は、主に月2回行われる「ふぞくっ子タイム」の時間に行います。お昼休みから掃除の時間を利用する形で、毎回30分ほど実施しています。
低学年の子どもたちのことを考慮しつつ、上学年が中心になって活動内容を決定します。1年間同じメンバーで楽しく遊ぶ時間を重ねることで交流を深めていきます。
学校祭(運動会)などの行事などにも一緒に参加します。各「かぞく」が出店する縁日のような催し「ふぞくフェスティバル」では、企画やさまざまな作業を「かぞく」で決定し、実施します。
▲行事をはじめ、上級生の生徒会活動や人権教育活動などさまざまな活動を「かぞく」で実施
「かぞく」活動では、特に8、9年生の生徒たちが、同級生同士のやりとりでは見られない表情を見せてくれます。クラスでは引っ込み思案な生徒も、「かぞく」のなかでは低学年の子どもたちをうまくまとめていたり、登下校時にお兄さん、お姉さんとして積極的に関わる姿が見られたりと、成長が垣間見える瞬間がたくさんあります。
「ふぞくっ子タイム」以外の時間にもお互いに声をかけあい、「かぞく」以外の児童を手助けする高学年の姿をよく目にします。上級生には自然と面倒見の良さなどが身につき、とても優しい人間関係が築けていると感じます。
低学年の子どもたちにとっても、いいお手本がたくさんいる環境です。特に全校学校祭や合唱祭などの行事では、「自分も上級生のように速く走れるようになりたい」「あんな風に上手に歌えるようになりたい」と明確な目標につながります。
通常学級と地続きの「特別支援学級」を実現している
▲特別支援学級主催の七夕行事には、通常学級の生徒も参加。願いごとを書いた短冊を一緒に飾り付けます
御校には、特別支援学級もあると伺いました。
はい。特別支援「学校」ではなく、「学級」である点を大切にしています。あくまでも校内のクラスのひとつであるという位置づけです。
日常の活動を通して、通常学級の子どもたちとも自然と混じり合って活動します。休み時間に一緒に遊ぶ光景が日常の学校生活のなかにあり、「かぞく」の活動にも共に参加します。
このような環境で過ごすことで、本校の子どもたちには支援を必要としている子どもたちへの偏見のようなものが少ないと感じます。さまざまな個性や性格の子どもたちがいて、皆が同じ学校の仲間というような認識が根付いているのも、本校の特徴のひとつです。
岐阜大学教育学部附属小中学校からのメッセージ
最後に、受験生やその保護者へ向けたメッセージをお願いします。
私は以前、10年間本校の教員を務めていました。附属中学校で教鞭をとっており、その当時から先輩の教員から伝えられていたのは「人間教育」の大切さについてでした。
特別支援学級の位置付けに見られるように、本校には「人間教育とは、すべての子どもが平等に教育を受けること」という一貫した理念があり、それを実践しています。
本校は今でも、入試ではなく抽選で合否を決定します。学力で選ぶのではなく、本校の理念に賛同してくださった保護者の方や子どもたちを迎えています。
こういった本校の姿勢や教育を理解してくださる多くのご家庭に選んでもらうことこそ、本校の存在意義だと感じています。地域の方々には、ぜひ一度本校を訪ねていただきたいですね。
ありがとうございました。
9年一貫の環境を生かし、成長に合わせた探究活動「どう生きるか」を実践する岐阜大学教育学部附属小中学校。多くの人と出会い、自分の幸せについて深く探究する活動は、その後の子どもたちの進路決定に大きな好影響を与えるだろうと感じました。
1~9年生が交流する「かぞく」活動は、子ども同士の縦の関係だからこそ生まれる役割を各々が担うことで、目には見えないさまざまな能力を伸ばしてくれそうです。
岐阜大学教育学部附属小中学校の卒業生・保護者・在校生の声
ここでは、岐阜大学教育学部附属小中学校の卒業生・保護者・在校生の声をお届けします。
岐阜大学教育学部附属小中学校の特徴的な教育に魅力を感じているという声が多く聞かれました。また、教員・生徒の学びに対する前向きな姿勢が、同校の明るい校風につながっているようです。
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