ぽてん読者に注目の学校をご紹介。今回取材したのは神奈川県横浜市にある共学の私立校「橘学苑高等学校」です。
私立の高等学校では数少ない「デザイン美術コース」があり、現役画家から芸術について学べる環境です。また、進学を見据えたコースでは、探究学習の取り組みを刷新し、大学の総合型選抜に役立てられるような内容にしています。
そんな橘学苑高等学校の取り組みについて、副校長の中川岳人先生、現役の画家でもある「デザイン美術コース」の平町公先生にお話を伺いました。
この記事の目次
「自分育て」に注力する、橘学苑高等学校
まず、橘学苑高等学校の教育目標や創立の精神をお聞かせください。
本校の創立の精神は「心すなおに真実を求めよう」「生命の貴さを自覚し、明日の社会を築くよろこびを人々とともにしよう」「正しく強く生きよう」の3つです。この精神をもとに考案された「自律的な人間の育成」を教育理念に掲げています。
他を顧みず自分勝手に振る舞うのではなく、社会に出てからも他者を思いやりながらさまざまな貢献をしていく、そんな人材の育成が目標です。
本校のキャッチフレーズに「『TACH“I”BANA』たちばなのまんなかには、“I”がある。」というものがあります。これは、『橘学苑高等学校で「I=自分」を育てていきましょう』というメッセージで、学校生活すべてにおいて「自分育て」につながる取り組みを行っています。
そのため、生徒たちにはただ与えられるのを待つのではなく、「どんなことに挑戦したいかは、自分に聞いてください」と伝えています。
▲取材に応じていただいた、中川副校長
現役画家が直接指導。橘学苑高等学校の「デザイン美術コース」
「デザイン美術コース」について詳しく教えてください。
本校のデザイン美術コースは、現役画家から直接指導を受け、美術大学を目指せるコースです。現役画家でもある平町先生から指導を受けられるコース環境であるということが、生徒たちの大きな活力になっていると思います。
1年生では油絵やデッサンなどの基礎的な内容に取り組み、3泊4日で「油絵合宿」も行います。その後、「素描」「美術」「デザイン」を軸に、3年間で「情報デザイン(※1)」の分野にまで広く学びを広げます。
(※1)バラけた情報を目的に応じて収集・分析し、わかりやすく提示できるようデザインすること。主にグラフィックデザインの分野での言葉
▲油彩を制作中(高1油絵合宿)
さらに、毎年設けているプロから直接学ぶ「本物との出会い」という講座は生徒たちにも大変好評です。アートの世界の第一線で活躍する方々を招くことができるのは平町先生の尽力の賜物で、この20年間で350回ほどの講座を開催しています。
第一線で活躍しているプロというと、例えばこれまでにどのような方をお招きされたのでしょうか?
NHKのEテレで放送していた音楽番組「クインテット」に登場する人形制作やアートディレクションをしていた藤枝リュウジさんや、スタジオジブリの美術監督として背景画を担当している武重洋二さんなど、生徒たちにとっても憧れの存在といえる方々を招いています。
▲本物との出会い(画廊主小山登美夫さんとの出会い)
また、授業以外にも自主制作に取り組めるよう放課後に「放課後の世界」という時間を設けています。文化祭ポスターのように過去の先輩が作った作品がある授業課題は「これを作る」というゴールが明確ですが、自主制作はゴールがないものですから、生徒たちは悩み、苦しみながら作品を生み出しています。
本校では、このような自主制作の作品もコンクールに出品しており、校内でも「放課後の世界展」として展示します。
▲橘学苑高等学校で教鞭に立つ平町先生の作品『京浜工業地帯の掟 磯子・横須賀隆起図』
他にも自主制作に取り組む機会はありますか?
代表するものでいうと、卒業制作の自由課題がそれにあたります。自分が一番打ち込んできたものに取り組む生徒が多く、ウルトラマンなどの特撮が好きな生徒は自分で撮影して動画にしたり、油絵に打ち込んできた生徒は油彩の作品にじっくり取り組んだりと、作品一つひとつに生徒たちの個性が出ています。
作品は学内外で展示します。学外は12月に横浜市民ギャラリーで開催する「卒業作品展」での展示、学内では1月に校内のアトリウムで「卒業作品・学内展」を行います。
▲取材にご対応いただいた現役画家の平町先生。
環境に配慮できる芸術家を目指す、間伐材を使用した椅子づくり
▲間伐材の伐採現場では多くのことを学びます(高2自然に優しい椅子作り)
生徒の皆さんはどのような作品を作るのでしょうか?
例えば2年生では、間伐材を使用した「自然に優しい椅子作り」に取り組みます。
生徒には、自分の作品に対して、何かしら語るべきストーリーをもっている、そんな芸術家であってほしいと思っています。例えば自分が使っている題材の「背景」を知ることで、生徒たちが創作活動を続けていくうえでの大切な視点を学ばせています。
そのため、椅子作りの事前学習として、FSC認証林(※)である千葉亀山山林に出向き、間伐材の伐採現場に立ち合う「森林学習」を行います。
(※)Forest Stewardship Council(森林管理協議会)の略。適切に管理された森林への認定制度を受けた林のこと
手入れをしていない森林が荒れてしまうことを知り、間伐することで日光が差し込み、木々が太く丈夫に成長している様子を間近に見る経験をします。研修を通して、60年間かけて育てられた木々を伐採し使用することは「木材の命を使う」ことだという認識をもち、木材を使用した創作への取り組み方も変わってくるようです。
さらに、山から木材を運搬する人など、さまざまな人の助けがあって材料が手元に届くことなどを学び、「材料を粗末にしてはいけない」「作るだけではなく、サステナブルな視点が必要」など、多くの気付きを得ます。
自分たちがどのような材料を使っているのか、経緯も知ることでより創作にも意欲的に取り組めそうですね。
本校には「創作館」というアトリエとして使用できる施設があるのですが、こだわりを持って作る生徒が多く、最終下校時刻の18時ギリギリまで「創作館」に残って創作活動に励んでいる生徒がたくさんいます。
完成した作品は学内で展示するのですが、外部からいらした方が「とてもセンスの良い作品ですね。六本木や軽井沢で売れるんじゃないの?」なんてお褒めくださることも多いです。
▲高2で取り組む「自然に優しい椅子作り」完成作品
イタリアやフランスで名画を鑑賞。事前学習では名画を原寸大で模写
▲2023年度はイタリアへ研修に。ヴァチカン宮殿でラファエロ作「アテネの学堂」を鑑賞
海外研修も実施されていると伺いました。どのような研修内容なのでしょうか?
2年生の11月に行われる海外研修では、海外の美術館を訪れ、名だたる作品を鑑賞します。2023年度はイタリアへ行きました。2024年度はフランスへ行き、パリのルーブル美術館やオルセー美術館で、名だたる作品を鑑賞します。
研修にそなえ、事前学習として、美術館での鑑賞や関連する人物の話を聞く機会を設けるなど20回以上もの校外学習を行います。海外の美術館はとても広いので、知識と同時に長時間の鑑賞に耐えうる体力を養う目的もあります。
また、研修で鑑賞する美術館に展示されている名画の模写を、原寸大で行います。実際に模写することで、さまざまな技法が使われていることや、その作品作りにどれだけの苦労があったのか気付けます。そうすると、原作者がどのような気持ちでこの絵を描いたのかに思いを馳せることができます。
▲原寸大キャンヴァスを自作し、原作者の制作を体で体感。ジョルジュ・ド・ラ・トゥール作『ダイヤのエースを持ついかさま師』
さらに、その作家がどのような経緯を経て、どれだけ苦労をして画家になったのかを調べ学習などで研究したうえで現地に赴きます。
この研修を通して、美術大学への受験に尻込みしていた生徒がはっきりと「美大を受けます」と表明することがよくあります。自分の力不足を自覚しつつも、やはり美術が好きだと再認識するのだと思います。
▲2023年度はイタリアを訪れた高2の研修旅行
幅15mの壁に描く壁画も。共同制作から学ぶ「人と協働すること」の大切さ
▲高校3年生の共同制作(壁画制作)
橘学苑高等学校の「デザイン美術コース」では共同制作にも取り組むそうですね。どのような作品を作るのでしょうか?
3年間で共同制作を複数回行っています。
1年生では「空間構成」に取り組みます。教室という「空間」を自分たちで構成する創作活動です。館内をレトロな昭和の雰囲気に演出している「新横浜ラーメン博物館」で校外学習を行い、イメージを深めます。教室いっぱいに女神の手を作って人間が自然を大切にするのを忘れていることに対して警告をする空間、江戸時代の長屋をモチーフに町人文化と街をエイジング(古く見せる技法)で表現した空間など、毎年ユニークな作品が生まれます。春から取り組みはじめ、10月に行われる橘花祭(文化祭)で展示発表します。
▲高校1年生の共同制作(空間構成Art du Café 原作となった生徒の箱のデザイン)
▲空間構成Art du Café 【マネ作『フォリー・ベルジェールのバー』】手品師役の生徒がステージに立ち演技をしている様子
▲空間構成Art du Café 【マネ作『フォリー・ベルジェールのバー』】演技中
3年生になると、共同制作の集大成として、クラス全員で半年間をかけて校内の壁に絵を描きます。これは本校の伝統で、校内の壁や階段に直接描くため、もう描く壁がないほどです(笑)。5年に一度は「先輩を超える」という意味も込めて、過去の作品を塗り潰し、その上から描いています。
2023年度は「朝日」をテーマに、横15mほどのスペースに壮大な朝焼けを描き出しました。この作品は、ターナー色彩株式会社の「みんなの絵画コンクール2023」の高校生部門で応募作品855点のなかからグランプリを獲得しました。
▲「朝日」をテーマにした高3の卒業制作は、校外のコンクールで賞を受賞
制作に入る前に、先輩たちの壁画を改めて鑑賞し、それを塗り重ねて消してしまうことに対する意味や責任を生徒たちに感じてもらう機会を設けています。その場にふさわしい壁画とはどのような作品なのか、共同制作で学ぶべきことなど、生徒一人ひとりが今一度考える時間になっているようです。
共同制作からは、どのようなことが学べるのでしょうか?
大人数で取り組む共同制作からは、多くのことが学べます。生徒同士で意見をぶつけ合ったり、うまくいかないことを人のせいにしてみたりと、最初はうまくコミュニケーションが取れないことがほとんどです。しかし、作業が進むなかで問題を一つずつ解決し、一致団結して課題に取り組んでいくという経験は、生徒たちを大きく成長させます。「人は人のなかで育つ」といいますが、まさにその通りです。
「何を作るか」をクラス全体で決める中でも、学べることが多いです。
共同制作では生徒が意見を出し合い、どれを制作するのかクラス全員で投票して決めます。自分の作品を説明するためのプレゼンテーションやコンペティションなど「発表の機会」を多く得ることも、自分の考えを相手に伝えたり、相手の意見に耳を傾けたりすることの必要性を知る大切な経験になっています。
「デザイン美術コース」の8割が美大へ進学!美大対策講座も実施しフォローも充実
橘学苑高等学校の「デザイン美術コース」の生徒は、美術大学への進学を希望される方が多いですか?
そうですね。その年によりますが、「デザイン美術コース」の8割は美術大学へ進学します。
本コースに入学を希望する生徒の8割は第一志望校として本校を選んで入学してきます。しかし、入学当初から美術大学進学を明言するのではなく、自分を育てながら本校での3年間を過ごしてみて、最終的に進学を決定する生徒が多いようです。
卒業生に聞くと、本校で学んだことで「さらに美術が好きになった、だから大学でさらに学びたい」と考える生徒が多いようです。
美術大学進学に向けた特別な取り組みはあるのでしょうか。
必履修科目をきちんと行ったうえで、美術の授業数を多く確保しています。1年生で週7時間、2年生で週7時間、3年生になると週10時間になります。
しかし、それだけでは美術大学進学は難しいので、土曜日に希望者制の「美大対策講座」を実施し、一つひとつの課題により集中して取り組める環境を用意しています。
▲作品制作後の講評会の様子(美大入試対策講座)
内容を刷新!生徒の未来に直接つなげる橘学苑高等学校の「探究活動」
▲これまでの取り組みでも、プレゼンテーションなどの「発表の場」を重視してきた橘学院高等学校の探究活動
橘学苑高等学校には、「デザイン美術コース」以外にもコースがあります。ここでは、文理コースの「特別進学クラス」「総合進学クラス」で実施されている探究活動について紹介します。
これまでの探究活動への取り組みを見直し、2025年度から新たな探究活動をスタートさせる橘学苑高等学校。現行の活動内容と絡めて、リニューアル後の取り組みについて伺いました。
新たな探究活動で「将来の自分」がより具体的に
2025年度からスタートする探究活動についてお聞かせください。
問題提起や情報収集にはじまり、自分なりの考えをまとめて発表するというのが一般的な探究活動の流れだと思います。しかしこれは、探究の一つの方法にすぎません。本校ではより多彩な方法で探究活動を行いたいと考えています。
最終目標は、探究活動を通じて自分の将来に「本当の意味で生かすことができる何か」を見つけ、実現することです。その過程で、「今の自分の立ち位置」を認識し「自分が得意なもの」を見つけていきます。
具体的にはどのようなことに取り組むのでしょうか。
探究の深め方などの手法をレクチャーする必要はあるので、1年生では自分の課題に対しての調べ学習や意見のまとめ方、本校が重視しているプレゼンテーションの仕方などの「How To」を、実践を通して学び、2年生からのより深い探究活動につなげます。
2年生では、どのようなことに取り組むのでしょうか?
これまでは、修学旅行を兼ねた海外研修で探究活動を行っていました。台湾への海外研修を実施し、日本と台湾の教育や文化の違いなどを探究テーマに現地へ赴いています。
しかし、全員が同じ場所、テーマで研修を行っているので、もっと生徒たちのニーズに沿った活動ができるのではないかというジレンマがありました。
そこで新たに「探究型フィールドワーク」の実施を検討しています。8つほどの講座を用意し、生徒たちが自身の興味に合わせて選択します。そのなかで、さらに生徒一人ひとりが自分だけのテーマに取り組む形です。
ここで得た成果を、大学の総合型選抜に役立てたり、大学での学部決定につなげたり、ダイレクトに将来を方向付けるような探究活動にしていきたいと考えています。
どのような講座をお考えですか。
例えば、防災に目を向ける宮城県への研修旅行です。復興に携わる方々の苦労や実例を取材で直接伺うなど、現地でしかできない経験ができるような内容を考えています。海抜0m地帯のある地元「横浜」の防災対策にも目を向けるなど、多角的に取り組む仕組みづくりもしています。
宮城県のほかにも、屋久島やバリ、ベトナムなどが候補地として挙がっていますが、観光ではなく研修を軸に、「現地にしかない学びを得る研修旅行」として計画しています。
▲現在の探究学習で、台湾研修旅行での集合写真。
橘学苑高等学校からのメッセージ
▲取材にご対応いただいた中川副校長(右)と平町先生(左)。お二人の背景に映るのは、生徒たちの作品の数々
最後に、橘学苑高等学校に興味をお持ちの読者にメッセージをお願いします。
入学当初は自分をさらけだせなくて萎縮している生徒も、本校での3年間で、少しずつ「自分を出してもいいんだ」と変化していくきっかけが掴めると思います。
例えば、ことあるごとに行われる「発表の場」など、自分解放のチャンスはたくさんあります。回を重ねるごとに自信がつきます。そういったきっかけを見逃さずに、自分で自分を育てることができれば、周囲の人たちも一緒に協力し合う仲間になってくれます。ぜひ本校で「I=自分」を思い切り育ててください。
生徒たちが自信をもって次の進路に進んでいけるよう指導されている先生方の熱意とともに、技術面だけでなく、内面の成長にも目を向けた取り組みが充実していると感じました。
本日はありがとうございました。
橘学苑高等学校の進学実績
橘学苑高等学校には「文理コース・特別進学クラス」「文理コース・総合進学クラス」「デザイン美術コース」があり、美術大学や芸術大学への進学が目立ちます。
2023年度は、卒業生全体の77%が国公立大学を含む4年生の大学へ進学。なかでも「文理コース特別進学クラス」では93%が4年生大学へと進学しました。
美術大学や芸術大学では、東京藝術大学、多摩美術大学、女子美術大学などへの進学実績があり、学校推薦型(公募制)選抜・総合型選抜を利用した進学では、都内の有名私立大学や武蔵野美術大学への実績があります。
橘学苑高等学校の進路実績(公式ホームページ)
https://www.tachibana.ac.jp/theology/performance.html
橘学苑高等学校の卒業生・保護者の声
ここでは、橘学苑高等学校の卒業生・保護者の声をお届けします。
学習フォローの手厚さ、生徒・保護者・学校の距離の近さなどに対する意見が多く見られました。
橘学苑高等学校へのお問い合わせ
運営 | 橘学苑中学校・高等学校 |
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