この記事では、独自の教育に取り組む「注目の学校」の一つとして、学校法人自由学園が運営する「自由学園中等部・高等部」を紹介します。
1921年に創立された自由学園は、東京都東久留米市に東京ドーム2個分(約10万平方メートル)のキャンパスを持ち、幼稚園から大学部に約800人が通っています。中には、寮生活をしている生徒や学生もいます。
キリスト教の考え方を土台とした教育理念は、「真の自由人をつくる」こと。そのために中等部・高等部では、生徒自ら問いを立てて実践し、共有と振り返りを行うカリキュラムに取り組みます。
また、生徒の提案を活かして校舎を改修するなど、学校生活では「自治」が重んじられ、自分らしく生きる力を育むことができます。
今回は、そんな自由学園の特徴や魅力について、中等部・高等部の教頭を務める山本太郎先生に詳しくお話を伺いました!
この記事の目次
「自分らしく生き、平和な社会をつくる」生徒を育てる自由学園
▲自由学園の理念について語る中等部・高等部教頭の山本先生
まずは、自由学園がどのような考え方を大切にして教育に取り組んでいるかについて伺えますか?
私たち教員は生徒に、「自分らしく生きて、その上で平和な社会をつくる人に育っていってほしい」と絶えず伝えています。これは、創立者でジャーナリストの羽仁もと子・吉一夫妻や、代々の校長も同じように語っていることで、キリスト教の「神様の前では皆平等」という価値観がベースになっています。
本校は100年以上前に女学校として創立されたのですが、当時の女性は参政権も与えられず就労すらままならない状況でした。そこで、羽仁夫妻は女性の啓蒙活動に励み、その過程で学校を創立しました。
また、創立から2年後に関東大震災が発生した際は、生徒たちがすぐさま被災者の救援活動に乗り出しました。
このように、本校は社会課題への働きかけを使命としてきました。今いる生徒一人一人にも、協調や平和を大事にしながら行動し、自身や周囲の人たちがその人らしく生きていけるような社会をつくってほしいと望んでいます。
理論と実践は一体。学びは周囲と協働しながらアウトプットする
「自分らしく生き、平和な社会をつくる人」は、どのような教育で育まれるのでしょうか?
前提として、本校に不変のカリキュラムはありません。一人一人が尊重される社会が、絶え間ない試行錯誤の上につむぎ出されるように、私たちは「常に日々新たにある」ことを意識しています。現在のカリキュラムも、2017年くらいから練り始め、2021年に導入したばかりですが、これが来年、再来年も同じであるとは限らないのです。
ただし、不変な方針が二つあります。一つは、先ほど申し上げたように、キリスト教主義的であること。もう一つは「生活即教育」、つまり「生活に根ざす」ということです。いかに平和や人権を論じようと、それが机上の空論で終わってしまえば、本当の学びにはつながりません。
だからこそ本校では常に理論と実践を一体とし、学んだものは何らかの形でアウトプットをします。なおかつ、そのアウトプットを周囲との協働で行うことを大切にしています。
座学だけにとどまらず、学習成果を他人と協力しながら発信していくことで、真の学びが得られるという考えなのですね。
社会問題について学ぶ「共生学」をきっかけに、制服を環境に配慮したものに変更
先ほど仰っていた実践・アウトプットの具体例について教えていただけますでしょうか?
代表例として、本校独自のプログラムで、中等部と高等部の必修科目としている「共生学」があります。これは、平和・人権・環境の3つのテーマをもとに、現在の社会課題に目を向け、1年を通して実践を交えながら学んでいくというカリキュラムです。
例えば、普段私たちが着ている服がどれほどの環境負荷をかけているか、あるいはどれほど不法就労の問題をはらんでいるかといったテーマがあります。生徒たちは文献を調べたり、議論をしたりしてテーマについての理解を深めていきます。
ここから派生して、生徒は学校の制服をよりエシカルでサステナブル(※)なものに変えていこうというプロジェクトを立ち上げました。プロジェクトは現在進行中で、2025年度の変更を目指しています。
(※)エシカルは「倫理的な」、サステナブルは「持続可能な」という意味
生徒はどのようにプロジェクトを進めているのですか?
まずは、子どもたちの考えに共感し、時間をかけてでも協働していただけるような企業さんを探します。それと並行して、子どもたちは調査や議論を進めて計画を練り上げていきます。
今(2024年1月)は計画策定の段階なのですが、今後は子どもたちが少人数のグループで導き出したアイデアについて、全校でのミーティングなどを通し生徒全体から合意を得る作業に当たります。
学校内外で多くの人を巻き込みながら進めていくのですね。
共生学ではほかにも、生ゴミを土に返すためのコンポストを学内に設置する、学校の敷地内を流れる川にタービンを設置して小水力発電を試すといった取り組みがあります。
非常に多彩なアイデアが生徒から生まれてくるのですね。
▲キャンパス内にある畑。生徒がコンポストでつくった堆肥などを使い、野菜や花を育てている
高校生が企業にインターンをする「飛び級社会人」で学びをさらに深める
ほかにも、自由学園ならではのプログラムがございましたらお聞かせください。
本年度から高等部の必修科目として、生徒が企業や団体にインターンを行う「飛び級社会人」というプログラムを始めました。このプログラムは共生学の上位互換のような位置付けで、生徒たちは共生学で培った知識を元に、実社会で学びをさらに深めていきます。本年度は2年生の約80人が、21の企業・団体に派遣されています。
具体的にはどのようなことをしているのでしょうか?
都内でテレビ番組の収録に参加したり、新潟県の妙高市というスキーリゾート地のホテルで二週間住み込みで働いたりしています。ほかにも、長野県の軽井沢町でインターンをする生徒もいるなど、行き先はバラバラですね。その間、学校の授業は公欠扱いになります。
最終的な目標はどう定めているのですか?
例えば、今週末には生徒8人と私が東京国際フォーラムのイベントに登壇し、成果を発表します。また、年度末には学校で振り返りの会を開き、そこで発表する時間も設けています。
ただし、生徒を誘導したくはないので、明確に「こういうことをやってくれ」と伝えているわけではありません。
あくまで生徒の自主性を重んじ、体験したことの活かし方も生徒に考えてもらっているのですね。
その通りです。2年生の彼らは来年も「飛び級社会人」に取り組めるので、今年感じた改善点を自らの考えで来年に生かしてくれればと思っています。
生徒が自らの生活を管理する「自治」で、人生が変わる
▲体操館を改修して造ったラーニングコモンズ
自由学園は生徒による「自治」も重んじていると聞きます。狙いはどんなところにあるのでしょうか?
本校の教育理念にも通じますが、民主主義を実体験を通して学ぶためです。生徒が自分たちの生活を自らマネジメントしていくことが、民主主義を学ぶ最も効果的な手段だと思っています。
実は、今いるこの校舎は、生徒が4年をかけて改修に取り組んだ建物です。もともと体操館だったものを、多様な学びの空間である「ラーニングコモンズ」として造り替え、昨年、完成に至りました。
▲ラーニングコモンズには自習スペースや本棚が備わっている
経緯としては、一部の生徒と教員が「学びの空間は四角い教室だけで良いのだろうか?」「学びの在り方をアップデートしていった方がいいのではないか?」と疑問を持ったことがきっかけです。その考えに共感した中学1年生から高校3年生までの生徒が、40〜50人ほど集まりした。
生徒たちは改修に向け、さまざまな行動を起こしました。福井や広島など他県に足を運んで教育関連の先駆的な建築物に触れたり、文献を読んだり、シンポジウムに参加したり。そうして得た知見を活かし、設計士さんにアイデアを伝えながら改修の計画を作り上げ、最終的には学校法人の理事会でプレゼンテーションまで行ったんです。
普通の学校生活では味わえないような貴重な経験ですね。その経験から生徒はどんなことを学んだのでしょうか?
プロジェクトに参加した生徒の一人は、改修前の体操館を作った建築家の思想に感銘を受け、その建築家の意匠の研究をしようと、大学は建築学科に進むことを決めました。
別の生徒は、改修の過程で建物の3Dデザインに携わり、その学びをさらに深めようと海外の大学に進学しました。こういった生徒たちにとって、校舎改修のプロジェクトは人生が変わるような体験だったのではないかと思います。
校則や生徒会、学級活動の在り方も生徒次第
「自治」に関して、生徒は他にどのような取り組みをしているのでしょうか?
共学化に伴う校則や生徒会組織、学級活動の改定などは、ほぼ全て子どもたちに委ねています。
例えば、制服の着用規程について生徒は「なぜ毎日着なければいけないのか?」「そもそも制服って何?」といった疑問を持った上で制服の歴史をさかのぼり、そこから制服とジェンダーバイアスの関連性などへ学びを発展させていきました。
そして、「自分たちが自分たちらしくいるためには、全員が毎日同じ制服を着る必要はない。ただ、制服自体は式典などで必要だ」という結論に達しました。
また、生徒会の選挙に関しても、「生徒会長は現在の男子部と女子部から一人ずつ選ぶのか、男女共通で一人を選ぶのか」「男子部の生徒は女子部の生徒のことをどこまで知っているのか」「演説を聞いて投じた一票と、一緒に生活してきた生徒の一票は、同じ一票として計算して良いのか」といったディスカッションが行われています。この議論も、どのような結論に至るのかがとても興味深いです。
我々教員は、生徒同士で導き出した結論であれば、その過程にこそ価値があると考えています。だから極端な話、結論はどう転んでも良いのではないかと考えています。
生徒に委ねられている裁量が大きく、驚くばかりです。
あとは、終業のチャイムを生徒が鳴らしたりしています。
普通の学校だと多分、チャイムは自動的に鳴って、生徒たちは「誰が鳴らしているんだろう」と考えることもないと思います。一方で、この学校には何一つとしてブラックボックスがありません。ご飯も時間・空間の使い方も、何もかも「自分ごと」です。これが「生活に根ざす」ということだと思うのです。
▲キャンパス内に設置されている鐘。授業の終わりのチャイムとして、当番制で生徒が鳴らしている
多様な価値観を認め合うから、生徒は優しく穏やか
自由学園には、どのような性格の生徒が多いのでしょうか?
ありていに言うと、優しく、穏やかな子どもが多いと感じます。それには、「能力主義に陥らせない」「序列をつくらない」といった我々の働きかけも一定程度影響しているのではないかと思います。
テストの成績は順位ではなく、点数の伸び方を評価することが多いです。また、教員による生徒の評価軸もさまざまです。
「勉強ができるからヒエラルキーのトップ」なんてことはなくて、「勉強は苦手だけどプレゼンテーションがめちゃくちゃ上手い」「寡黙だけど掃除は絶対に手を抜かない」「高校3年生だけどいつも中学1年生の面倒を見ている」といった生徒それぞれの良さを認めています。スクールカーストを生み出すような「君がリーダーだ」「あなたはなんでもできるね」といった褒め方もしていません。
大人が単一の能力だけを見て特定の生徒にスポットライトを当ててしまうと、子どもの価値観も固定化されてしまいます。逆に、我々が凝り固まった評価の仕方をしなければ、生徒も「自分はあの子とは違うけど、それでも別にいいんだ」という多様な考え方ができるようになります。
生徒が伸び伸びと自分の個性を磨いていけそうな雰囲気ですね。教員はどのような方が多いのでしょうか?
一人称を「先生」と話す教員は見ませんね。どういうことかと言うと、教員が生徒より上の立場だと感じている人がいないのではないかと思うんです。
教員と対等の立場だと感じている生徒も多いと感じますし、実際、私も教員と生徒は対等であるべきだと思います。それこそ、校則をつくる際の議論などでは、教員と生徒に上下関係は全くありません。そこには、お互いのリスペクトさえあれば良いのです。
だからこそ、先ほどお伺いしたような生徒による「自治」などが成り立っているのですね。
自由学園の施設とエピソード
ここからは、自由学園のキャンパス内を巡り、特徴的な施設やスポットについて山本先生からご紹介いただきます!
キャンパス内には東京都指定有形文化財の建物が点在
広々としたキャンパスの中に、風情があって歴史が感じられる建物が並んでいますね。
この建物は女子部体操館です。
▲東京都指定有形文化財に指定されている女子部体操館。施設前には芝生の広場が広がっている
この一帯は女子部のエリアになっていて、共学化する来年度からは男女の高等部の生徒が使うエリアになります。女子部エリアではこの体育館と食堂、講堂が東京都指定有形文化財に登録されています。
こちらが女子部の食堂です。
▲東京都指定有形文化財の女子部食堂
家庭科の授業の3分の1は調理実習になるのですが、この食堂の台所を使って中等部・高等部の生徒の約300人分の食事を作ります。こういった経験でサービスを提供する側とされる側の両方の立場を考えられるようになります。
また、学内の畑で食材の栽培も行っていますし、損益計算をしながらスクールカフェの運営に取り組むこともあります。本校では、一次産業、二次産業、三次産業の全てが体験できるんです。
いろんな立場や仕事を経験することで、視野や将来の可能性も広がりそうです。
キャンパスの外れにある図書館では、気分を切り替えて自習ができる
▲蔵書数約78,000冊の図書館
図書館は、男子部や女子部のエリアから少し離れた場所にあるのですね。
そうですね。一般的には教室と図書館とのアクセスを良くするのがいいと語られていて、校舎の中心に図書館を置いているような学校もありますが、本校の図書館は、気持ちを切り替えるためにはすごくいい場所にあるのではないかと思います。例えば、少し学校生活から離れたい気分の時などですね。
また、本校の高等部は単位制で選択科目があり、授業の間に空きコマができることがあります。あそこで勉強をしている女子生徒は、その空きコマを活用して図書館に自習をしにきています。
▲図書館では授業の空きコマに自習をしにくる生徒がいる
この図書館であれば、より集中して自習に取り組めそうですね。
ほかにも、空きコマを使ってボランティア活動を行う生徒もいますし、校内のカフェスペースに自分のお気に入りのコーヒー豆を持ってきて、コーヒーを淹れながらレポートに取り組む生徒もいます。自分が中高生の時もそんな時間が欲しかったなぁ、なんて思います(笑)。
生徒一人一人がそれぞれの考え方で、時間を有意義に使っているのですね。自由学園の自立心を育む方針がよく表れている気がします。
山本先生、ここまで学校のご紹介とご案内、ありがとうございました!
自由学園卒業生の進路・キャリア
自由学園中等部・高等部の卒業生には、大きく分けて三つの進路があります。一つは同学園の大学にあたる「最高学部」への内部進学、二つ目は他の大学や教育機関への外部進学、三つ目は就職です。
2022年度は内部進学が27.4%、外部進学が58.7%、就職などが13.9%(こちらは留学・進学準備も含めた数値です)となっています。外部進学では、東北大、筑波大といった難関国公立大や、早稲田大、慶応義塾大といった名門私立大のほか、医学部や海外の大学に進む生徒もいます。
一方で、山本先生によると「偏差値やネームバリューで進路を選ぶ子どもは非常に少ない」とのこと。2023年度も、哲学を学びにイギリスの大学に進学する生徒がいれば、調理師の専門学校に進む生徒もいるそうです。
また、内部進学者を含め、自由学園卒業生のキャリアは多種多様です。テレビディレクターや弁護士、医師、映画監督からオーナーシェフ、ギター製作者、スポーツトレーナー、農家、旅館経営者として働いている方がいます。卒業生を紹介している公式サイトのページでは、それぞれが熱意や目標を持って、生き生きと働いていることが伝わってきます。
■キャリア情報(自由学園中等部・高等部公式サイト)
https://jiyu.school/career#univ
自由学園卒業生の声
最後に、自由学園の卒業生の声をご紹介します。
商社で営業をしていますが、学園生活での濃密な人間関係の中で、時に衝突し、それを解決しながらさまざまな人とのコミュニケーションに対応できるようになったことが、自身の基礎となっています。
仕事で作業を短時間で手順よく進めることや、しっかりと分担すること、自分の意見をはっきりと言い合うことには全て学園で学んだことが生きています。
他人のためになることが、仕事の張り合いやモチベーションです。その素地は、自由学園での社会や人のために考えながら行動する生活で培われました。
学園生活の中で、人との関わり方や自分の意見の伝え方を学んだといった声が多く見られました。また、他人を思いやる気持ちが育まれたと話している卒業生もいました。
お問い合わせ
問い合わせ先 | 学校法人自由学園 |
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