特色ある教育の実践で注目を集める学校を特集するこの企画。今回は東京都港区にある国立の共学校「東京科学大学附属科学技術高等学校」をご紹介します。
東京科学大学附属科学技術高等学校は、全国で唯一の国立大学附属の科学技術系高校として、SSH(※)の取り組みを含む先進的な教育の実践を通じて、科学技術系人材を育成しています。なお、以前の学校名は「東京工業大学附属科学技術高等学校」でしたが、2024年10月の東京工業大学と東京医科歯科大学の統合、東京科学大学の設立に伴い改称されました。
(※)SSH…将来の国際的な科学技術人材の育成を図るために文部科学省から指定された科学技術、理科・数学教育に関する研究開発等を行う学校のこと。
3年間の学びの中核に「探究学習」を据えており、3年生が取り組む「課題研究」では探究学習の集大成として国内外で評価されるさまざまな研究が生まれています。生徒の研究成果を海外で発表する機会も多く、海外での科学交流を通じてグローバルでのコミュニケーション能力を高められるのも特徴です。
今回は情報システム分野教諭の近藤先生に、東京科学大学附属科学技術高等学校の3年間の探究学習の魅力や、国際的に活躍できる研究者の育成を見据えたグローバル教育の特徴について詳しくお話を伺いました。
この記事の目次
科学技術系人材の育成のために、実験やものづくりなど実践的な教育を推進
▲東京科学大学附属科学技術高等学校の裏庭にある「東京高等工芸学校創設の地の碑」
まずは御校がどういったことを大切に教育を実践しているのかを教えていただけますか?
本校では、東京職工学校(東京科学大学の前身)の功労者である手島精一氏が重視した“工業教育”の精神を受け継いで教育を行っています。
手島精一氏の描いた教育方針は、練習を通して、頭と手の調和を目指すことで、適良の技術者を育て上げることでした。本校では科学技術系人材の育成のために、実験やものづくりなど机上の勉強に終始しない実践的な教育活動を行っています。
その教育の中核にあるのが探究活動です。本校が開発した「課題研究」を中心とする探究活動を通じて、科学と技術の視点から総合的思考力を持って社会に貢献できる力を育むのが本校の教育理念です。
また探究とあわせて普通教科の学習も重視しています。普通教科の勉強も学ぶことで広い視野を培い、その上で自分の興味・関心のある分野に鋭い視点を向けて研究を追求する、そのような学びを3年間かけて進めています。
「課題研究」を中心に、3年間で段階的に探究スキルを培う
御校の教育の中核をなす探究活動について具体的に伺います。御校が開発された「課題研究」というのはどのような内容なのでしょうか?
「課題研究」は1983年より、本校が「文部省指定 第1回研究開発」にて開発した科目です。1989年改訂の学習指導要領から工業高校の必修科目として採択されており、現在ではSSH校をはじめとする全国の普通高校等でも実施されている「総合的な探究の時間」の代替科目で、本校では高校3年生が「課題研究」に取り組み、大学の卒業研究のような内容を行います。
とはいえ高校3年生でいきなり卒業研究に取り組むのは難しいため、高校1年生、2年生と段階的に探究のスキルを積み上げていきます。まず1年生のときに探究の基礎を学び、2年生からは「応用化学」「情報システム」「機械システム」「電気電子」「建築デザイン」の5つの分野に分かれ、専門分野に特化した探究活動を深めていきます。そして3年生では、1・2年生で積みあげた知識、経験を踏まえて生徒自らが課題を設定し、その解決に向けた探究活動を行う「課題研究」に取り組む、というのが3年間の流れです。
▲1年生の「グローバル社会と技術」(1枚目)「科学技術基礎実験」(2枚目)、2年生の「科学技術研究」(3枚目)など多彩な科目で探究スキルの基礎を培う
科学技術系人材を育む御校ならではの探究活動の特徴はどういった点にありますか?
1、2年生では本校がSSH研究校として開発した独自の科目に取り組み、普通科ではできないような理工系の大学レベルの本格的な実験、実習を行うのが特徴です。単に教科書で学ぶだけでなく、さまざまな実験を通じて知識とリアルを結びつけていく学びを体験できます。
また、高大連携の取り組みとして東京科学大学と連携した授業を行っているのも附属校である本校ならではの特徴ですね。1年生では「グローバル社会と技術」の科目の中で年2回、東京科学大学の教授に特別講義を行っていただいています。2年生の「先端科学技術入門」では授業単元ごとに各分野の教授にほぼ毎月講義を行っていただいており、さらに専門分野に特化した内容の学びを深めていくことができます。
身近な気づきを大切に、生徒自ら探究課題を設定し研究を進める
▲情報システム分野で「課題研究」に取り組む様子
実際に生徒さんはどのようなテーマで探究活動を行っているのでしょうか。
3年生の課題研究は分野ごとにそれぞれの研究が生まれていますが、「自分たちの研究がいかに社会課題の解決に貢献できるのか」という視点は各分野に共通しています。例えば情報システムの場合はアプリの開発が多いのですが、観光混雑回避アプリや農業向けの効率化システムなど、多くの人の課題解決に寄与できるものをテーマに研究開発が行われています。
また機械システムの生徒が取り組んでいた課題研究のテーマで印象的だったのが、「地方観光の支援パッケージ」という研究です。生徒たち自ら町内会の方々と交渉し、「芝浦運河まつり」に出展してレーザー加工機でキーホルダーをつくるワークショップを実施しました。まさに机上の学びに終始せずそれを実社会につなげていくような研究で、本校の目指す科学技術系人材が育まれていることを実感でき嬉しくなりました。
▲「芝浦運河まつり」でレーザー加工機を使ったキーホルダーをつくるワークショップを開催
一方でグローバルな規模の課題を学んでいく中で「高校生ができるレベルのことなんて大したことない」という考えを持ってしまう生徒もいるんですね。そのため1、2年生の段階では「ちょっとした気づきが社会を変えていく」ことを実感してもらうために、身の回りの課題をテーマにした探究活動も行っています。
例えば2024年度は学校の環境をいかに良くしていくかというテーマについて考えており「購買がないからつくりたい」というアイディアが生まれています。単純なテーマのように見えて、実は以前あった購買がさまざまな事情でなくなってしまったという経緯があるため、そこを解消した上で再びつくるのは簡単ではないんですね。
アプリ注文を取り入れるなど、これまでとは違った形でメリットを供与できるような仕組みを工学系・社会科学系のアプローチで、生徒自身が考えているところです。そういう身近なところから気づきを得て、アイディアを生み出す経験を積んでもらえたらと考えています。
研究成果をグローバルに発信するための、実践的な英語力を育成
▲韓国科学アカデミー科学フェア(KSASF)にてBest Poster Awardを受賞
東京科学大学附属科学技術高等学校ではグローバル教育にも力を入れていらっしゃるとのことですが、探究学習を中心に科学技術系人材を育成する教育の中で、グローバル教育はどのような位置づけなのでしょうか。
私たちはSSH研究開発校、SGH研究開発校として「国際的に活躍できる科学技術系人材の育成」を目指しています。
これからの時代、自分の研究を英語で広く発信できる力は研究者に不可欠です。単なる英語教育ではなく、あくまで研究をメインに置き、研究成果をグローバルに発信していくためのコミュニケーションツールを身につけるというのが本校におけるグローバル教育の意義です。
そのため、本校ではあえてアメリカやオーストラリアなどの英語を母語とする国ではなく、タイやフィリピンなどのアジアの高校生との交流機会を多く設けています。お互いに第2外国語である英語を介してやりとりする過程を通じて、英語をコミュニケーションツールの1つとして活用してもらうというのがその狙いです。
生徒の皆さんの研究成果を海外で披露する機会も多いのでしょうか?
はい。課題研究等の成果は、校内の選考を経た上で海外のサイエンスフェアなどでも発表しています。2023年に行われた韓国科学アカデミー科学フェアでは本校の生徒のチームがベストポスター賞を受賞しました。
また本校はISSF(International Students Science Fair)のメンバーとしても国際交流を行っています。ISSFとは、各国の特色ある科学教育を行う学校が招かれ、生徒の科学研究の発表や科学交流を行う取り組みです。
2023年度は韓国とISSFでオーストラリアを訪れました。2024年度はタイとフィリピンに行く予定で、派遣生徒の選考を行っています。生徒はそこでの英語のプレゼンテーションとディスカッションを経て、帰国後に研究をブラッシュアップしています。
▲オーストラリアで開催されたInternational Students Science Fair (ISSF)2023に参加したときの風景
海外のサイエンスフェアやISSFでの交流を経験された生徒の皆さんは、どのように変化するのでしょうか?
最初は英語をうまく話せない生徒も多いのですが、同世代の生徒とコミュニケーションを取る中でどんどん成長していって、帰る頃には自信に満ち溢れた顔になっているのが印象的です。細かい文法が間違っていても通じた、という経験はリアルな交流だからこそ得られるものだと思います。
逆に「伝わらなかった」という経験を持って帰ってくるのもとても大切だと考えています。その悔しさが帰国後の勉強へのモチベーションに変わり、生徒のさらなる成長につながっています。
▲フィリピンの協定校「デ・ラ・サール大学附属高校」の生徒が文化祭にあわせて来日した際は、積極的に交流する様子も見られた
3年間の探究学習やグローバル教育の学びが、生徒の進路実現につながる
▲「口腔を科学するヤングサイエンティスト・ミーティング」での金賞、「高等学校ロボット相撲選手権」2024関東大会優勝など、さまざまな実績が進路実現の武器に
東京科学大学附属科学技術高等学校での3年間の学びは、生徒の皆さんの進路選択にも影響していますか?
そうですね。高校で学んだ5分野を引き続き学びたいという生徒もいれば、逆に大学では別の分野で新たな学びを得たいという生徒もいて、東京科学大学附属科学技術高等学校での学びがそれぞれの道を見つけるきっかけとなっていると思います。
また東京科学大学とのつながりも、生徒の進路選択にとって大きな意味を持っています。教授だけでなく大学の学生が本校に来ることも多く、そこでは博士課程の学生が取り組む研究内容の発表に加えて、どう進路選択をしたかというお話もしていただいています。生徒にとって身近なロールモデルがいることは、自身の進路を考えていく上で非常に大きな影響を与えているのではないでしょうか。
また国内外でのさまざまな受賞実績をもって大学に合格する生徒も少なくありません。実際に本校の生徒は合格者の半数近くが総合型選抜、公募制・指定校制の推薦型選抜で進学しています。ただ良い研究をするだけでなく、それを進路の実現につなげていけるのは本校の探究学習の結実といえるでしょう。
東京科学大学附属科学技術高等学校からのメッセージ
▲インタビューにご対応いただいた近藤先生
最後に、こちらの記事をご覧の保護者の方やお子様にメッセージをお願いいたします。
本校は科学技術系人材の育成に特化した、非常に特徴がある学校です。ものづくりが好きな方、研究を突き詰めたい方など本校にマッチした生徒の方には非常に楽しんでいただける環境があると思います。
一方で実験や実習が非常に多く、試験だけでなくレポート提出の必要があるなど、普通科の学校とはまた違う大変さのある学校でもあります。そういう特徴をよく知っていただいた上で、そこを楽しんで学べるというお子様にはぜひ本校に入学いただきたいです。
生徒主体で運営している学校行事などもあるため、そういう機会に一度東京科学大学附属科学技術高等学校に足を運んでいただき、雰囲気を体感していただけると嬉しいです。
近藤先生、本日は貴重なお話をお聞かせいただきありがとうございました!
東京科学大学附属科学技術高等学校の進学実績
東京科学大学附属科学技術高等学校の2024年卒業生の実績をみると、3割強が学校推薦型選抜・総合型選抜で合格しています。また直近5年では東京大学を筆頭に、北海道大学や東北大学、名古屋大学などの旧帝大などの難関校への合格が生まれています。
加えて、早慶上理(※)といった私立最難関校をはじめ、ブリティッシュ・コロンビア大学やシドニー工科大学などの海外校への合格者を輩出しているのも特徴です。
(※)早慶上理…早稲田大学、慶応義塾大学、上智大学、東京理科大学の関東の名門私立校を表す言葉
■東京科学大学附属科学技術高等学校の進路情報(公式サイト)
https://crg.g.hst.titech.ac.jp/
東京科学大学附属科学技術高等学校の在校生・卒業生の声
▲生徒主体で運営するイベントなど、自主自律の校風が特徴
ここでは、東京科学大学附属科学技術高等学校の学校案内に掲載されている在校生、卒業生からのメッセージの一部を紹介します。
在校生や卒業生の声から、東京科学大学附属科学技術高等学校ならではの専門的な学びや国際交流から大きな成長を得られることが伝わってきました。特に卒業生からのメッセージをみると、3年間の学びが現在の研究分野や職業選択につながっていることがわかります。
また、東京科学大学附属科学技術高等学校は制服や校則のない自由な校風があるのも特徴です。卒業生の声からは、そうした自主自律の気風が生徒の成長を促進していることも伺えます。
東京科学大学附属科学技術高等学校へのお問い合わせ
設置者 | 国立大学法人 東京科学大学 |
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住所 | 東京都港区芝浦3丁目3-6 ※2026年4月に東京科学大学大岡山キャンパスへ移転予定 |
電話番号 | 03-3453-2251 |
問い合わせ先 | https://www.g.hst.titech.ac.jp/inquiry |
公式ページ | https://www.g.hst.titech.ac.jp |
※詳しくは公式ページでご確認ください